竹沢うるま写真展

 二〇二〇年春。私たちの日常は大きく変わりました。
それまで当たり前だと思っていたことが次々と失われていき、世界は驚くほどのスピードで変化していきました。

 私はこれまで20年近く、世界各地を旅しながら写真を撮ってきました。しかし、今年のようにどこにも行けなくなるようなことは一度もありませんでした。
私にできることと言えば、自宅にひとり籠もり、世界の扉が閉ざされていく様子を眺めることしかありませんでした。当然、撮影に行くこともできず、またこの数年、一年の半分近くを南太平洋に浮かぶクック諸島で過ごしていましたが、戻ることもできなくなりました。

自粛期間中、ふと、これまで世界各地で撮ってきた膨大な写真を見返しました。余りある時間のなかで、その作業に没頭しました。
そこで、ひとつ大きな気付きがありました。私はこれまで世界各地の非日常を探して写真を撮ってきたと思っていたのに、見返す写真に写っていたのは、非日常ではなく、日常だったのです。その時、私は日常というものの存在を、初めて明確に知ったような気がしました。
日常とはそこに存在しながらも目に見えず、失って初めて知ることのできるもの。それは曖昧模糊としていて、夢のようなものだと気付いたのです。それは私にとって、大きな転換点でした。
そして私は、写真のなかに見出した日常をひとつずつ拾い集め、いまとなっては遠く離れてしまった世界を、一冊の本として再構築することにしました。

2020年、失うばかりだった私は、何かひとつだけでも生み出さなければ、この一年が本当の意味で失われてしまうのではないか、そう感じ、この写真集を作ることにしたのでした。本のなかに構築された世界は、私がいまこの瞬間、見てみたいと切に思う各地の日常たちです。そういう意味で、この本を出版するということは、この状況における私のささやかな抵抗だと思っています。

“Mastering”とは 様々な素材を集めて構成し、原盤“Master”を作ることを言います。私にとっての素材とは日常。そして原盤とは世界のこと。失われた日常を集めて本のなかに世界を再構築する。そういう意味を込めて“Remastering”というタイトルをつけました。

最後にひとつだけ。この本の制作期間中に敬愛する父が亡くなり、2020年という年がより大きな意味を持つことになりました。そこにある「日常」は永遠に続くものではなく、儚く、そして大切なものなのだと、父から最後の教えを受け取ったような気がしています。

いつかこの先、この本を開くとき、そこに在るのは日常か、それとも非日常か。それは見る時代、見る人の感性に委ねられると思っています。しかし、それが日常であれ、非日常であれ、またどのような状況であっても、世界は美しい。そのことは変わらないと思います。

新たな日常を求めて、前に進む。
この本が、そのための一冊になれば幸いです。

2020年11月 父と過ごした街にて
写真家 竹沢うるま

Remastering

INFORMATION

竹沢うるま写真展「Remastering」

会場: AL

会期: 2020/11/22-12/05

© 2024 Uruma Takezawa. all rights reserved.